和服洗い張り職人 小林伸光さん

(かわさきの技)


生地の見極めが大切

古い和服を再生する「和服洗い張り職人」。いわば和服専門のクリーニング業だ。といっても和服をそのまま洗うわけではない。縫い目の糸を一つ一つ丹念にほぐし、元の反物の状態にしてから洗いにかける。手の込んだ仕事だ。時にはその反物を使って仕立てをする。持ち込まれる和服の中には40〜50年近く経ったものもあり、上物だと一枚100万円はする。柄も仕立ても今ではなかなかみられず、処分するにはもったいないという代物ばかりだ。母親から引き継ぐ代々の品も多く、再生作業には神経を使う。
 川崎市内には3人しかいないといわれる洗い張り職人の1人に、川崎大師の東門前で港屋京染店を営む小林伸光さんがいる。洗い張りのほか、反物したて無地染め、絹衣洗い、染み抜きなどを手がけて43年になる三代目店主だ。「着物は昔は普段着だったけれど、今扱うのは高級品ばかり。失敗すれば弁償ということにもなりかねない」。固定客の多い洗い張りは、いったん失敗したら仕事はもうこない。仕事には常に緊張が伴う。
 作業は和服を反物の状態にしたあと、ささらやしゅろを束ねた5種類のブラシを使い分け、洗剤を使ってぬるま湯で洗う。着物の柄を崩さないようにするのが鉄則だ。「着物を作る時に色止めが弱かったりすると、柄がぼやけてしまう。水につけると赤や青色が浮き出たりするのもある。生地の見極めが大切」。洗い張りの難しさはここにもある。
洗いの後は天日干し。天日干しで縮んだ生地は「湯のし」作業で修正する。一通りの作業が終わると水のりを生地に引いて乾かし、アイロンで調整。すると元通りの見事な反物に生まれ変わる。「元の状態かそれ以上にしなければ満足してもらえない。」という気持ちで臨んでいる。
 昭和の初め頃まで50軒はあったといわれる洗い張り。民族衣装ともいえる和服がなくなることはないが、それを生き返らせる職人の数はめっきり減った。呉服販売店に洗い張りを持ち込みと、ほとんどは京都の職人に回すという。「伝統の技を生きている限り続け、継承して行きたい」小林さんは話す。

(東京新聞  かわさき技 27 )より