まんが寺

お寺の本堂に、本当に風刺画!

東京新聞  2005年3月4日 神奈川版(かながわはてな?)

先代和尚が‘模様替え‘/現住職は違和感?

川崎市に「まんが寺」という愛称で親しまれているお寺があるらしい。いったい、どんな寺なのか。かつてテレビの人気番組「まいっちんぐマチコ先生」や人気雑誌「少年ジャンプ」に夢中になった身としてはほっておけず、寺をたずねてみた。
うわさの寺は、中原区宮内にある「春日山 常楽寺」。等々力緑地に近く、境内はうっそうとした木々に囲まれている。ここが本当に「まんが寺」なのか?
「漫画喫茶と勘違いして来る人が多くてね。あるいは図書館なんかと間違えて『○年前に出た雑誌ありますか』なんて問い合わせも結構ある」と住職が苦笑いする。「まあ、とりあえず見てってください」。お目当てのマンガがあるという本堂へ案内された。入り口にある立て看板の大きな文字が目に飛び込んできた。「日本漫画博物館まんが寺」。本堂にはいりさらにビックリ!本堂は、四つの部屋ごとに明治、大正、昭和とそれぞれの時代に起きた出来事を題材とした漫画が、ふすまや壁紙に生き生きと描かれていた。
新橋ー浅草間の地下鉄開通を賑々しく喜ぶ庶民とミニスカート女性の艶姿や、歴史的な「善隣友好」の握手を交わす仏頂面の田中角栄元首相と中国の周恩来元首相、ミッドウェー海戦など、その時代を表す見事な諷刺画ばかり。色紙や絵馬などを合わせると、その作品数は約6500点以上に上るという。「まんが寺」とは、コミックや雑誌が置いてある寺ではなく、至るところに諷刺画が描かれている寺だったのだ。
寺といえば、お経や葬式など厳粛なイメージが付きまとう。なぜ‘不謹慎‘ともいえる漫画が、この寺に迎えられることになったのだろうか?地元の檀家の原敏郎さん(67)が、そのいきさつが紹介されている「神奈川の古寺社ー心の散歩道ー」(大澤巌著)という本を見せてくれた。
本によると、先代住職の故土岐秀有さんは太平洋戦争さなかの1943年、一流漫画家を動員した日本漫画奉公会の会員35人が、勤労奉仕で川崎市内の工場を巡り、漫画を描いて工員を励ます姿を目にし、すっかり感動したらしい。漫画の魅力に取り付かれた土岐さんは敗戦後「国敗れて漫画あり」「京都・高山寺の鳥獣戯画の例もあるように、元来お寺と漫画は無縁なものではない」と直感。漫画家との交流を深めた。
そして74年、明治から昭和40年代までの歴史世相をたのしく描いた「まんが寺」がついに完成。喜んだ土岐さんが「日本漫画博物館」と命名。自身を「まんキチ和尚」と称した土岐さんは、寺の案内板にこう記した。「マンガによって世の中を明るくしたい、マンガによってお寺を極楽浄土にしたい」
これまでの執筆者は400人以上。手塚治虫さん、「フクちゃん」の横山隆一さん、日本漫画の始祖・北沢楽天さん、岡本太郎さんの父一平さんもペンを振るった。「お笑いマンガ道場」で人気を集めた鈴木義司さん、富永一郎さんの名もある。「、まんが寺」となってしばらく、常楽寺は県内はじめ、一時は全国からバスツアーで来る観光客もいたほど賑わったとされる。
現住職によると、常楽寺は現在でも、多い日で30人ほどの拝観希望者がいる。その一方で、先代の死後、系列の寺から5年前に着任した現住職は、違和感を口にする。
「一流漫画家の作品も多く歴史的価値は高い。ただ、寺としての通常の業務をするのに、この環境はやはり異質です」。
漫画家も真っ青の奇想天外な発想で、常楽寺を斬新に模様替えした先代住職。だが、四方八方からユニークなマンガに見つめられるなかで精進するのは、ちょっとした苦労が伴うのかもしれない。
(井上 靖史)
「まんが寺」は拝観無料。ただし事前の電話予約が必要。
(問) 044−766−5068